独自視点で「介護職員不足」解消へ

NPO法人「人間賛歌」が今年4月に実施した介護職員初任者研修プログラム

 2040年には約60万人が不足すると言われている介護職員。慢性的な課題を解決する有効な手段が見当たらない中、独自のカリキュラムで介護職員を育成するプロジェクトが福岡県の中央に位置する桂川町で始動した。
 プロジェクトを手がけるのは、NPO法人「人間賛歌」(福岡県桂川町)。新規事業を実施する理由を相良五郎理事長は「介護職は無資格でも始められるが、初任者研修の受講者は応募できる求人の選択肢が広がる。就職や転職にも有利になるため」と説明する。この発言には「高齢者施設は、厚労省が定める人員配置基準を順守しながら運営する必要があるため、職員が一人、欠けるだけでも大きな痛手となる。受講生には新たな就職先が見つかる可能性が高い」という読みがある。
 第1弾として今年4月から5月にかけて約2週間、介護職の入門的な位置付けである介護職員初任者研修カリキュラムを実施した。介護の基礎的な知識や技術を学んだ受講修了者は、訪問介護などで利用者の身体に直接、触れる身体介護が行えるようになる。
 同法人は、保健・医療・福祉の増進、社会教育の推進、子どもの健全育成などを事業の目的とするほか、一般企業などへの就職が難しい人に就労の機会や生産活動の場を提供する就労支援B型の事業所を運営している。従って、介護業界は畑違いの同法人にとって、需要が見込めるというだけでは、新たに介護職員の育成事業に参入する理由は乏しい。しかし、相良理事長は「他ではまねできない独自のカリキュラムを提供することで差別化を図りたい」と語る。この「独自のカリキュラム」とは、一般的な講義や演習に加えて、「心の健康教室」やカウンセリング、就労体験、調理実習が含まれていることを指す。
 受講生は、各地のハローワークを通じて毎月10人ほどを募集する。対象者は、うつ病患者、長期不登校者や引きこもりの人、知的障害者、福祉系の学科を持つ地元の高校生。第1期生8人は、施設に通う軽度の知的障害者だ。ちなみに「心の健康教室」とは、マイナス思考をプラス思考に変え、自身を大切にする心を涵養(かんよう)することで、対人関係やストレス、悩みや迷いなどが原因で生じる心の病気の改善を目指すというもの。相良理事長は1986年から教室を開設し、これまで相談に応じたのは、本人のほか家族を含めると1万人以上に上る。
 医師でない相良理事長がうつ病患者を受講生の対象にしたのは「門戸を開放することで、これまでの経験を生かして悩みを抱えている人たちに人生の選択肢を加えたかったため」(同理事長)。さらに、長期不登校者や引きこもりの人にとっては、本人だけでなくその家族にとっても社会復帰に向けた一歩を踏み出すきっかけになると考えたという。
 他方、知的障害者は介護補助として働けるため就労の機会が得られ、家族にとって好ましい環境が生まれる。就労体験は、同法人の施設での実施やボランティア活動を予定するほか、調理実習は、包丁など調理器具の使い方を習得することで作業機会が増えるという狙いがある。また、企業にとっては障害者の雇用義務を果たせるほか、都道府県の労働局長から最低賃金の適用除外が認められるケースも想定できる。
 同法人は、高齢者や障害者の通所施設、グループホーム、高齢者の入所施設などが融合した事業体の構築を目指している。相良理事長は「夢の実現に向けて、まずは新規事業を軌道に乗せたい」と語る。