【SCOPE〈健康経営〉】社員の健康を経営資源として重視/「健全な経営は健全な社員の心身に宿る」を実践
2025年01月20日
かつて健康経営といえば、企業の財務体質の健全さを示していた。しかし、現在は、社員の健康を重要な経営資源の一つと捉えて、企業のパフォーマンス向上につなげる動きが拡大している。国も優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」して社会的な評価を受けられる環境の整備を推奨するなど、機運の醸成を図っている。
労働災害で最多の「転倒」 未然に防ぐアプリを開発
正興電機製作所(福岡市)の子会社で、ソフトウエアの企画や開発、その運用・保守・販売などを手掛ける正興ITソリューション(同市)は、転倒による労働災害の未然防を目的としたアプリ「KOKEN(コケン)」を開発した。開発担当者は「労働災害を未然に防止して企業の健康経営の増進につなげる重要性が、今後ますます高まると判断したため」と開発理由を説明する。
厚生労働省が2022年3月に策定した「高年齢労働者の安全と健康確保のためのガイドライン」でも、事業者と高年齢の労働者の双方に有益という観点から体力の状況を客観的に把握することが推奨されている。同省の資料(22年度労働災害発生状況)によれば、労働災害で最も多いのが転倒で、全体の3割を占める。件数も年々増えており、同年は前年度比1623人増の3万5259人だった。原因は、労働者の高齢化だけでなく、転倒への意識の低下、体力や筋力の低下などだという。
KOKENが事業者にとって有益なのは、社員個々の体力の状況に応じて安全上の観点から適合する業務をマッチングすることで、転倒事故の予防につながるという点だ。一方、労働者にとっては、安全や健康を守ることの重要性を理解し、身体機能の維持まで含めて意識を高めることで、パフォーマンス力の向上につながることが期待される。
KOKENの特徴をアプリ開発グループの担当者は「労働者の安全と健康確保をスマホ一つで測定・管理できること」と説明する。無料アプリをダウンロードした利用者は最初に、9問のセルフチェックを実施する。その後、筋力と敏しょう生、平衡性、バランス、柔軟性の5項目に関する測定を実施する。それぞれの測定方法は、スマホで確認することが可能だ。従業員は測定結果をスマホで確認できるほか、事業者にも送信されるため結果を踏まえた適切な業務マッチング、健康スタッフや保健師によるアドバイスにも活用できる。利用は体力測定だけだと無料で、管理機能を加えても1人当たり年間500円で利用できる。
正興電機製作所は13年から、健康社員の育成を目指して健康経営の推進体制の拡充を図っている。添田英俊社長は「これからも社員のご家族を含めた自発的な健康維持増進活動に対する積極的な支援と組織的な健康づくりの推進を継続し『社員が活(い)き活きと仕事ができる』企業グループを目指す」と意気込みを語る。
人口減で日本が直面の課題 「健康会議」第2期の最終年
組織の健康経営がクローズアップされているのは、人口減少を要因として経済の維持が危ぶまれる複数の課題に日本が直面しているからだ。たとえば、50年の総人口は20年と比べて20%減少し、その中でも特に生産年齢人口は、7500万人から5200万人へと30%以上減少すると予測されている。また、高齢化の進展によって高齢者は約40%に達し、要介護者も10%になるとされる。さらに、要介護者の増加に伴い、公的保険で賄われる社会保障の負担額を25年と40年で比べると、140兆円から190兆円(医療費66兆7000万円、介護費25兆8000万円)へと約35%増加することが見込まれている。
こうした予測を踏まえて経済産業省は、新しい健康社会の実現を目指すヘルスケア政策に取り組み、その施策の項目の一つに「健康経営の推進」がある。政策の推進によって目指すのは(1)40年の健康寿命75歳以上(2)公的保険外のヘルスケア・介護にかかる55年の国内市場77兆円(3)世界市場における日本企業の医療機器の獲得市場が50年に21兆円─の3点。具体的に、(1)は16年と比べて健康寿命が3歳増、(2)は20年の市場から約50兆円増、(3)は同年の市場から10超円増となる。
健康経営への関心は年々、高まっているが、今年は「日本健康会議」による五つの宣言で構成された第2期計画の最終年でもある。その宣言の一つとして「保険者とともに健康経営に取り組む企業などを50万社以上とする」ことが掲げられた。大規模法人と中小規模法人には健康経営優良法人の認定基準を満たすこと、中小規模法人にはさらに、保険者や商工会議所、自治体などのサポートを得て健康宣言に取り組むことが達成要件とされている。ちなみに、日本健康会議は「日本に住む一人一人の健康寿命の延伸と医療費の適正化について、民間組織が連携し行政の全面的な支援のもと実効的な活動を行う」(同会議ホームページより)ことを目的として15年に発足した。メンバーは、経済団体や医療関係団体、自治体、保険者団体のトップと有識者で構成されている。
一方、国が健康経営に関する顕彰制度を設けているのは、優良な健康経営に取り組む法人を「見える化」し、社会的な評価を受けられる環境を整備するためだ。14年度から上場企業を対象に「健康経営銘柄」を選定し、16年度からは健康経営優良銘柄を選定し、大規模法人部門の上層は「ホワイト500」、中小規模法人部門の上位層は「ブライト500」として認定している。経済産業省の資料によれば、健康宣言などに取り組む企業は昨年3月末時点で22万8685社に達する。
「健康経営銘柄」は、経産省と東京証券取引所が共同で、従業員などの健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に取り組む上場企業を対象に選定される制度だ。その目的は、長期的な視点に基づいた企業価値の向上を重視する投資家に対して、魅力ある企業として紹介することで、企業が健康経営の促進を図ることを目指している。昨年3月に発表された第10回では、27業種から53社が選定された。九州からはTOTO(北九州市)が9回目の受賞となったほか、正興電機製作所(福岡市)が初めて選ばれている。健康経営への関心は、これからますます高まることが確実なだけに、各企業がどのように対応するかが問われている。
(竹井 文夫)