あの日あの頃/佐賀国際重粒子線がん治療財団・外 須美夫 理事長

恩師、そして「走ること」との出会い

 私の人生の転機は主に二つある。一つ目は医師としての転機である。私は1978年に九州大医学部を卒業後、麻酔科の医師となった。麻酔科を選んだのは、手術中の患者さんの命を預かる仕事に魅力とやりがいを感じたか…

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