【プロジェクト〈農水産業〉】共同体で1次産業抱える課題克服へ/地域に根ざした産業活動を「業界の垣根を越えて」救済

 安定した収穫(収量)を確保して収益力を高めることは、1次産業にとって重要な課題の一つ。しかし、生き物が相手だけに、一筋縄ではいかないことも多い。そのことが、従事者の高齢化や後継者不足、新しいなりてが少ないといった課題につながる側面は否めない。他方、新たな手法を用いて、相互に連携しながら解決を図る動きもある。

南九州で深刻化する基腐病 解決を目指す「welzo」

welzoは、多様な関係者が参画するコンソーシアムの活動を通じて南九州で発生する基腐病の解決を目指している

 農業資材や家庭園芸用品、飼肥料の原料を取り扱う専門商社「welzo(ウェルゾ)」(福岡市)は昨年5月、産学連携コンソーシアム「みんなのサツマイモを守るプロジェクト─Save the Sweet Potato」(以下、SSP)を立ち上げた。プロジェクトの主な目的は、(1)南九州エリアのサツマイモ経済圏を守る(2)サツマイモ経済圏の苦しい現状を知ってもらう(3)応援需要をつくり出すことでサツマイモ経済圏に貢献する。この3項目は、南九州エリアにおけるサツマイモを取り巻く環境が深刻な事態に陥っていることを表している。プロジェクトリーダーの後藤基文取締役は「南九州の豊かな自然と文化によって育まれたサツマイモ経済圏は、厳しい現状に直面している。その課題解決に少しでも貢献したいという強い思いがある」とプロジェクトの意義を説明する。
 「サツマイモ経済圏が置かれた厳しい現状」とは、近年、感染力が極めて強い半面、抜本的な改善策が見当たらない基腐病が拡散していることだ。後藤取締役は「基腐病の被害が最もひどかった鹿児島県では、焼酎用のサツマイモ生産量が約15万トン減少した。その結果、売り上げに換算して300億円強が失われ、国内の大手メーカーも一部販売休止に追い込まれた」と説明する。
 SSPはウェルゾのほか、薩摩酒造(鹿児島県枕崎市)と小鹿農業生産組合(同県鹿屋市)、九州大大学院農学研究室および土壌環境微生物学研究室、CULTA(カルタ、東京)を構成メンバーとして発足。その後も賛同者は増えている。また、コンソーシアムというスタイルを採用したのは「あくまでも当社は、裏方でいいと考えたため」(後藤取締役)だという。情報の共有や研究・開発、応援など、サツマイモに関わるそれぞれの立場から基腐病の解決に取り組むことを重視したからだ。後藤取締役は「プロジェクトの趣旨にご賛同いただける企業や団体を、さらに増やしたい」と今後の展開を見据える。
 さらに、今年1月には、さつまいもの保護と焼酎文化の伝承を目的に事業を展開する「焼酎ツーリズム」と共同で事業に取り組むことを発表した。焼酎ツーリズムとは、「焼酎を軸とした地域振興を通じて焼酎の魅力発信や地産地消につなげることに加えて、焼酎蔵と旅行者、地域の交流促進を目的としたイベント」(小林史和代表)のこと。今年は2月に開催され、鹿児島県いちき串木野市と日置市にある九つの焼酎蔵を巡回バスで周遊した。また、焼酎ツーリズムの翌日には、「焼酎のんごろカレッジ」が開催され、後藤取締役も講演者の一人として登壇。「さつまいも市況・基腐病と対策・生産者の現状」というタイトルでSSPについて説明した。ちなみに「焼酎のんごろ」とは鹿児島の方言で「焼酎を飲む人」を意味するが、イメージとしては大酒飲みに近い。
 後藤取締役は「SSPの活動が広がり、多様な観点から基腐病対策が進むことで、一刻も早いサツマイモ経済圏の復活を後押ししたい」と語る。

データ活用し漁業の収益性 向上を狙う「トリトンの矛」

今年1月、小値賀町の漁業従事者などを対象に「水産業デジタル力向上講座」が実施された

 水産業のための漁業者支援サービス「トリトンの矛」の開発を手掛けるオーシャンソリューションテクノロジー(長崎県佐世保市、以下、OST)は今年1月、宇久小値賀漁業協同組合所属の漁業者を対象に、同システムを用いたデジタル力向上の人材育成講座を実施した。全国に先駆けて水産DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進に向けた取り組みを同漁協と実施した理由を水上陽介社長は「これまで複数の事業を連携して実施しており、トリトンの矛に対する理解が進んでいるため」と話す。
 漁業従事者の高齢化や後継者不足などが主な要因となり、漁業を取り巻く環境は厳しさを増している。「大変な仕事の割に収益が少ない」(川上社長)ことも、新規の従事者が増えない要因の一つだ。漁業を基幹産業とする小値賀町も同様の課題を抱えている。町産業振興課の担当者は「20年前に約300人いた漁協の正組合員数は現在、100人を割り込む状況。しかも、70歳前後の割合が多く、30代、40代の新規のなりてもいるが、リタイアする人の数が上回っており、組合員数の減少に歯止めがかからない」と説明する。
 OSTと町が連携事業を開始したのは21年から。長崎県の水産試験場などとコンソーシアムで研究を進めているという情報を聞きつけ、行政担当者のほか、漁協の代表者など数人が参加した研修会で同システムの存在を知った。多くの参加者が最も関心を寄せたのは操業日誌の蓄積だったという。町産業振興課の担当者は「経験や勘に基づいて漁場を決める不確実性の解消が図れるだけでなく、新規の希望者が漁業に従事するきっかけになる。若手の参考にもなると考えた」という。その後、OSTに就職した町出身者を介して関係が深まり、町を実装フィールドとして漁協組合員の協力を得てシステム開発を進めることになった。
 同システム導入のメリットを水上社長は「航跡の自動取得が可能になるほか、漁獲物や漁具漁法といった操業情報の登録サポート、海況の可視化、衛生データと過去の操業データを活用したAI(人工知能)予測により漁獲向上が期待できる」と説明する。その上で水上社長は「小値賀町の関係者の協力を得てシステムの機能の向上を図り、日本の漁業の課題を解決したい」と語る。
(竹井 文夫)